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鳥居元忠の血天井「養源院」あたりを歩いてきました

伏見城の戦いに関係する遺構として「 血天井 」が残されているお寺はいくつかあるのですが、中でも北区鷹峯の「 源光庵 」と大原の「 宝泉院 」に、ここ東山の「 養源院 」が有名です。

養源院 」は、三十三間堂の東側、ハイアット リージェンシー 京都の南側。

三十三間堂(蓮華王院)の 南大門 です。

三十三間堂の南側は人通りも少なく、いつもこんな感じですね。

東側から撮ったので、遠くに 京都タワー が見えます。

この門を入ると、左側に三十三間堂、右側に2つのお寺さんがあります。

1つ目が「 法住寺

後白河法皇 の御所「 法住寺殿 」の名残ですね。

北隣に「 後白河天皇法住寺」への入口があるのですが、私が行ったときは閉まっていました。どうも平日しか開いていないようです。

 

今回の京都歩きのお目当て「養源院」へ

2つ目のお寺が、お目当ての「 養源院 」です。

秀吉 の側室「 淀殿 」が、父浅井長政 の追善供養の為に建立。

養源院の寺院名は、浅井長政の戒名そのもの。

焼失後、淀殿の妹・二代将軍秀忠の正室お江 」により 伏見城の遺構を用いて再建 されたのが現在の本堂とのことです。

やはりここも建物の中は写真撮影禁止。HP・パンフからお借りします。

この養源院さん、詳しく解説してくださるんです。

こんなお寺さん、めずらしいです!

伏見城の戦いの経緯から、切腹自害された 鳥井元忠 顔がここ、これが肩、曲げた足に伸ばした足がこれ と竹竿で指しながら説明してくださいました。

この天井写真では分かりませんが、肩や足は言われてみればそのように見えますし、他の武将の手形や足形の中には、生々しくくっきりと分かるものがありました。

自刃した徳川方の武将らの血で染まった廊下を天井に上げて、供養をしているわけですね。

本堂には、俵屋宗達 が描いた杉戸絵があって、これは血天井の英霊をお慰めする為に回向にちなんだ絵を描いたものだそうです。

「唐獅子」が表側に、「麒麟」が裏側に描かれています。

この杉戸絵についても詳しく説明があって、「麒麟」は「麒」が雄で「麟」が雌なんだそう。知らなかったなあ。鳳凰もそうらしい。

また廊下は、 日光東照宮の眠り猫で有名な 左甚五郎 による「うぐいすばり廊下」とされているそうです。

現在、土・日・祝日と平日は水曜日のみの公開となっていますので、ご注意を。

宝泉院の記事はこちら ↓

 

智積院庭園

東山随一の庭 」と称される池泉鑑賞式庭園。

春のツツジ・サツキの頃が一番いいのだろうけど、その分、人が少なく静かなひとときを過ごすことができました。

畳に座って庭を眺めていたのは、入れ替わりながら2~3組ぐらい。

たまたま居合わした海外からの一人観光客さんの写真を撮ってあげたことで、片言の英語で話をすることもできました。ドイツの方で、3週間の日本旅行とのこと。羨ましい限りです。日本のお寺が好きなんだとか。私もドイツに行きたいんだって言ったら、むっちゃ喜んでくれました。本気で、いつか行くぞー!

この庭を撮った写真は露出を失敗して白飛びばかりです。

修正を掛けましたが、あか~ん。ヘタクソです(泣)

 

豊国神社

正式名は「とよくに」ですが、「ほうこく」とも呼ばれています。

豊国神社は、豊臣秀吉 を祀っていたため、徳川幕府により廃社とされていたものを明治時代に再興されたのだそうです。

ただこの「 唐門 」だけは 伏見城の遺構 で、国宝です。

西本願寺大徳寺を合わせて「国宝の三唐門」なんだそうです。

小さな宝物館もあります。

この秀吉の歯(左上の大臼歯)とか、秀吉愛用のバクの形をした枕やひょうたん馬印などが展示されていました。

そうそう、この歯から秀吉の血液型はO型と分かったそうですよ。

教科書にも載っているあの有名な 方広寺の鐘 です。

銘文の中の白く塗られた箇所に「国家安康」と「君臣豊楽」の文字が刻まれているのでしょうね。肉眼では見えませんでした。ほんとに大きな梵鐘です。

下は鐘楼の天井画。迦陵頻伽(かりょうびんが)、素晴らしいですね。

下の写真は、これも教科書に載っている秀吉の朝鮮出兵に関係する 耳塚

思っていた以上に大きかったです。

 

お腹が減った。 蕎麦が食べたい!

ちょっと遠いけど、五条烏丸の「 蕎麦の実 よしむら 」まで行こう。

京都の街歩きを楽しみながら、てくてく歩いていると、「 長宗我部盛親公瘞首之地 」という石碑が目に付きました。

「瘞首」初めて見る漢字ですが、「えいしゅ」と読み、首を埋めるという意味ではないのでしょうか。間違っている?

長宗我部盛親 は、元親 の四男で長宗我部氏第22代当主。

関ヶ原の戦いで西軍に属したため、領国は没収。

再起を図るため大坂の陣に参加するも敗れ、京都の六条河原で処刑されました。

この 蓮光寺 の僧が遺骸を同寺に葬ったので、ここ 蓮光寺 にお墓があるのだそうです。

 

さてさて、今回の京都街歩きは15,757歩。

暑さも少しマシになってきたので、汗はかくけど苦行ではなかったです(笑)

今回めずらしくビールの写真を撮り忘れましたが、汗をかいたあとのビールは申し分なし! うまかったなあ。

お土産は勿論、生八つ橋。家族にはまた京都に行ったの?!と言われました。

オリエント美術館と岡山城、そして 池田家

前のブログ記事で紹介した岡山市オリエント美術館 に行って来ました。

  • 写真撮影がダメだったので、展示品は紹介できません。
  • 本展は、奈良の 天理大学 の所蔵品で構成されている。
  • 本展は、昨夏、東京池袋の 古代オリエント博物館 で開催されていた!
  • マルコポーロは、帰国後、ジェノヴァとの戦いで捕虜となり、投獄中に口述筆記してもらったものが「東方見聞録」とのこと。へぇ~。

 

ついでに 岡山城

下の写真のように、岡山城 の外壁は黒塗りの下見板で覆われているので、別名「 烏城(うじょう)」と呼ばれています。

 

現在の岡山城天守閣は、昭和41(1966)年に鉄筋コンクリート・エレベータ付きで再建されたものです。

それは知っていたのですが、城内の展示監修があの 磯田道史 さんだったとは知りませんでした。道理で、展示解説に読みふけってしまうのも納得です。

この岡山城を築いたのは 宇喜多直家 の子、秀家

宇喜多直家は、斎藤道三松永久秀とともに戦国三大梟雄(きゅうゆう:残忍で悪者)とされる人物です。

展示解説では能力高い人物と評価されていましたよ!

その後、小早川秀秋 を挟んで池田家の居城となります。

 

この 池田家 について簡単に下表にまとめてみました。

池田恒興とその長男・元助は、小牧・長久手の戦いで討ち死にします。

大河ドラマでも描かれていましたね。娘婿の森長可も。

恒興の次男・輝政と三男・長吉は、関ヶ原の戦いでは東軍について、関連する諸戦で武功を挙げます。

そして戦後、輝政は播磨一国52万石、長吉も鳥取城を与えられます。

その上、輝政の次男・忠継は、わずか5才で岡山城主!

 

これは、武功を挙げた上に、輝政が、徳川家康の二女・督姫を妻としたことが大きかったのかな。

輝政の次男・忠継と三男・忠雄は督姫の子。おじいちゃんは家康ですからね。


更に、輝政は、長男の利隆には、榊原康政の娘・鶴子を秀忠の養女とした上で妻に迎えているのです。
輝政の孫・光政は、この鶴子の子ですから、養女とはいえ2大将軍秀忠がおじいちゃん。

 

更に更に、この光政には、本多忠刻(祖父は本多忠勝)の娘を妻として迎えています。

将軍家に四天王家、徳川との関係は盤石です。

 

で、この光政なんですが。

姫路藩初代・輝政と2代・利隆のあと、3代目である光政は幼少であったため、大藩は重荷と判断されて、鳥取藩へ国替えとなります。

鳥取城主であった長幸は、備中松山城へ移封となりました。

 

岡山城は、若くして亡くなった忠継のあと、その弟である忠雄が2代藩主となっていました。この忠雄が亡くなったとき、その子・光仲がこれまた幼少であったため、成人していた鳥取光政との国替えとなりました。従兄弟同士の国替えです。

 

輝政の長男の家系である光政は、姫路→鳥取→岡山と動きます。

弟たち忠継・忠雄の家系は、岡山→鳥取と動きます。

更にその後、岡山藩で3つ、鳥取藩で2つの分家が立ちます。

この池田家、元々は外様であったのに、輝政以降の本家・分家で7家の大名となっています。いやはや、すごいものです。

 

オリエント美術館の特別展のことで書き出したのに、ほとんど池田家の話になってしまいました。

勢いで書いてしまいましたが、こういう分野は研究を積み重ねてこられて非常に詳しい方が大勢いらっしゃるのに、恥ずかしい限りです。間違っていましたら、ぜひご教示ください。

神戸の餃子は「味噌だれ」で食べます

JR元町駅 から一番近いのが「 ひょうたん 」さん。

ここ「 ひょうたん 」さんは、カウンター6~7席の小さなお店です。

開店すぐだったので、すんなりと入ることができました。ラッキーです。

メニューは「 ぎょうざ 」だけ!

これが「 味噌だれ 」です!

ぎょうざが焼きがりました。2人前14個。

最初は「 味噌だれ 」だけで食べます。

ココの「 味噌だれ 」は甘く、「 味噌だれ 」だけでも美味しいんです。

下の写真は、酢・醤油・ラー油も入れた タレ で食べているところ。

ここのぎょうざは、もっちりとしていて少し柔らかめ。

好みの皮なんです。 美味しいです! たまりません!

もちろん、ビールも呑んでますよ~。

 

ひょうたん 」さんの裏手には、ここも老舗「 赤萬 」さんがあります。

赤萬 」さんはまだ開店前でしたね。

 

さあ、次の餃子を求めて「 南京町 」へ。

ウィークデ-なのに、わりと観光客が多かったです。

ぎょうざ大学 」さんに行くと、なんと臨時休業日でした。残念。

ではと、「 元祖ぎょうざ苑 」さんへ。

食べ終わって店を出ると、写真のように行列ができていましたね。

私はぎりぎりカウンター席に潜り込めたんです。

カウンター席は特等席。餃子の皮を伸ばす・丸くカットする・皮に餡を包むところが見放題。

写真を撮っていいですかと何度も聞こうと思ったのですが、気が弱いもので・・・

箸袋を見ると「 ぎょうざ味噌ダレ発祥 」の文字があるでしょう。

ここ「 元祖ぎょうざ苑 」さんも有名店で、壁に有名人の色紙が所狭しと掛けられています。

ここの「 味噌だれ 」は甘くないというか味噌の味が強めなので、最初から酢と醤油とニンニクを混ぜ込んで食べました。

ここでも2人前。でもビールなし。

 

久し振りの味噌だれのぎょうざ。美味しかったなあ。

満足して、JR元町駅へ向かっていると、豚まんの「 老祥記 」さんはやっぱり行列ができていましたね。

関西では「 豚まん 」と言います!「 肉まん 」ではないんです。

それと、私は辛子醤油をつけて食べることが多いですね。

次は豚まんの食べ歩きもいいかな。

実は、プリンも食べ歩きたいのだけど、それはちょっと恥ずかしいなあ。

この日の散歩は11,690歩。

神戸三宮でアウトドアショップ巡り

神戸の 三宮 は、神戸市役所やたくさんの商業施設が集まっていて、神戸一番の繁華街です。

交通機関の駅がこのエリアに集中してあるのは便利なんですが、どの駅も「三宮駅」(JRだけが「三ノ宮」)なので、県外の方にはちょっとややこしいかもしれませんね。

ただ神戸は、六甲山が北側なので、方角は掴みやすいかと思います。

 

JRや阪急の北側が少し綺麗になっています。

車道と歩道の段差がないフラットで一体的な形状で、ゆったりと歩きやすい道路空間となっていました。

サンキタ通り 」というそうです。初めて歩きました。

 

神戸市役所の南側に「 東遊園地 」があります。

こちらも、今春にリニューアルしているので、行って来ました。

神戸ルミナリエ 」が行われる場所ですが、芝生広場やカフェ&レストラン、それに屋外図書館「OUTDOOR LIBRARY」というのもできていました。

 

では、私が時々行く アウトドアショップ を紹介します。

まずは、「 モンベル 」。

東遊園地の地下にある市営駐車場から近いので、よく行きます。

何も買わなくても見てるだけで楽しいんですよね。

モンベルの向かいに「 パタゴニア 」。

日本に店舗がないずーっと昔に、輸入品でフリースを初めて買いましたね。

パタゴニアのすぐ近くに「 LLビーン 」があったんですが、閉店してしまいました。

現在は、お隣の 神戸ハーバーランド に再出店しています。

コロンビア 」は、現在、店舗メンテナンス中とかで閉まっていましたね。

ここは、「 ノース・フェイス 」と「 ヘリーハンセン 」の路面店です。

最後に「 好日山荘

何年か前にセンタープラザの3階に移転しています。

会員になっているのはココだけなので、一番お世話になっているかな。

今日は、街歩き用のザックを見て回ったのですが、結局、買わず終い。

マムート 」の「Seon 3-Way 20」を買おうかなと相当悩んだんですが。

 

この後、三宮センター街をぶらぶらと歩きながら 元町 へ。

三ノ宮・元町間は1㎞もないので歩いて行ける距離なんです。

目的は ・・・ ぎょうざ !!

大人の夏休み 日本酒発祥の地を訪ね、温泉・高原に遊ぶ

「ファミマ・ザ・クレープ」シリーズの新製品「抹茶」とファミマコーヒーで、兵庫県宍粟市へドライブ~!

 

播磨国一宮 伊和神社

道の駅「播磨いちのみや」でトイレ休憩したついでに、真向かいにある「 伊和神社 」に久し振りに詣でることにしました。

拝殿には、古い大きな絵馬がたくさん掛かっています。幕末の嘉永安政の年号が見て取れます。

奉納された品々として、播磨の地酒「 老松八重垣奥播磨播州一献 が並びます。どれも旨い酒です。お世話になっています(笑)

それに、龍野のうすくち醤油「 ヒガシマル醤油 」と、右端は3大素麺の1つ、手延素麺「 揖保乃糸 」ですね。

どれも播磨の地場産業です。皆さ~ん、買ってくださ~い!

 

日本酒発祥の地 庭田神社

播磨国風土記 」には日本酒についての最古の記述があって、その酒造りの舞台とされているのがここ「 庭田神社 」なんだとか。

伊和神社の 伊和大神 が、乾飯を川に浸して柔らかくなるのを待っているとカビが生えて、その飯から酒ができあがったという伝承です。

一般的には、3大酒神神社と言えば、奈良の大神神社に京都の松尾大社梅宮大社ですよね。でも、播磨ではここ「 庭田神社 」なんです!

と強く言っても、知っているのは酒のみと歴史好きぐらいなのかなあ。

下ののぼりにあるように、この辺りは昔、庭酒(にわき)村 と言ったと風土記に記されているそうです。

神社の裏手に「 ぬくゐの泉 」があります。

今でもきれいな水がいっぱい湧いていました。

日本酒は、この水に 伊和大神 が飯を浸したことがきっかけなんだなあ。

 

一宮温泉 まほろばの湯

揖保川 沿いに北へ向かいます。

暑すぎるのか、鮎釣りをしている人はいませんでしたね。

泉質は「ナトリウム・カルシウム―塩化物低温泉、等張性、アルカリ性

とろっとした肌触りで、味は塩っからいです。

 

ススキの大草原 砥峰高原

兵庫県神埼郡神河町にある 砥峰高原(とのみね)は、西日本でも有数のススキの群生地帯なんですが、映画「ノルウェイの森」や大河ドラマ軍師官兵衛」等の ロケ地 としても有名なんです。

8/21、関西もむっちゃ暑かったんですが、ここ 砥峰高原 では苦もなく歩けるくらい涼しかったですね。ちょっとびっくりするぐらい。別天地でした!

標高は8~900mぐらいだと思います。

宍粟市の過去記事はこちら ↓

 

今日は、お盆に働いたかわりの有給休暇だったんです。

で、どう楽しもうか迷いました。

奈良国立博物館の特別展「南山城-奈良と京都を結ぶ祈りの至宝-」かな。

気になっている京都府福知山の元伊勢三社に行く?

久し振りに神戸という手も? 餃子にビールもいいよなあ。

結局、暑さが心配だったので今日のコースにしましたが、満足です!