小さなアマチュア無線局のブログ

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「京都人の密かな愉しみ」第3シリーズが始まります

大好きなNHKドラマ「 京都人の密かな愉しみ 」が始まります。

新春 1/4(日)からなんですが、楽しみです。

 

第 1 シリーズ

2015(H27)年1月から2017(H29)年5月にかけて、不定期に5作品(120分)が放送されました。

京都の老舗和菓子屋「久楽屋春信」が舞台で、常盤貴子 さんが “ 京都人の中の京都人 ” 沢藤三八子 を演じられていました。

 

今、その再放送が行われています。 

毎週木曜日、NHK・BSで、午後6:00~7:30に3話ずつ。

1話120分を4つに分けた30分版で全20話にしてあります。

11/13から放送されているので、既に12話は終わっていますけど。

 

武田カオリ さんが歌う「 京都慕情 」が良いんですね。

あの人の姿懐かしい 黄昏の 河原町
恋は 恋は 弱い女を どうして泣かせるの
苦しめないで ああ責めないで 別れのつらさ 知りながら
あの人の言葉 想い出す 夕焼けの高瀬川

 

第 2 シリーズ「 Blue 修行中 」 

2017(H29)年9月から2022(R4)年5月に放送されました。

京都の伝統的な技術を継いでいこうと奮闘する若者たちを描いたもので、

庭師が 林遣都 さん,京料理人が 矢本悠馬 さん,パン職人が 趣里 さん,京野菜農家が 毎熊克哉 さん、そして、陶芸家として 吉岡里帆 さんが第3話から出演されました。

 

第 3 シリーズ「 Rouge継承は、第 1 シリーズの続編ということです。

激混みの京都に静かなエリアを探す(妙覺寺・興聖寺)

11/24(月)、激混み を覚悟して 京都 へ。

でもでも、嵐山や東山ではなく上京区を選んだのが ・・・ 大正解!

静かな街歩きを楽しむことができました。

道三と信長と妙覺寺

京都市営地下鉄烏丸線鞍馬口駅(№①)から西へ徒歩10分のところに「 具足山 妙覺寺 」(№②)があります。

永和4年(1378)創建、本尊は十界曼荼羅日蓮宗のお寺さんです。 

これが3連休の京都とは信じられないぐらい、しずか~。

この 大門(山門)は、聚楽第 の裏門を移築したものだそうです。 

法姿園 」(ほうしえん)という庭は、もみじ

黒漆塗りの机に もみじ が映り込んでいます。

撮影の順番がすぐに回ってくるし、拝観者も映り込みません。

きれい~  しずか~  小春日和でのんびり~

斎藤道三の遺言状 ~ 美濃一国譲り状 ~

妙覺寺は、斎藤道三 の遺言状が残っていることで有名なんです。

(この展示品は複製です)

美濃の戦国大名斎藤道三 は、京都山科で生まれて、ここ妙覺寺で得度。 

そして、妙覺寺の住職がなんと道三の四男・日饒。

道三は、この息子に美濃を信長に譲るという遺言状を送った ・・・

まあ、信憑性を疑う研究もあるらしいんですけどね。

妙覺寺と本能寺の変

信長は、道三との関係で、京都では妙覺寺を定宿にしていたとのこと。

で、本能寺の変 です。

信長は本能寺で、長男の 信忠 の方が妙覺寺に泊まっていました。

ただ、信忠が泊まっていた当時の妙覺寺は、現在の場所ではなくて、二条衣棚(ころものたな)にあったそうです。

だったら、当時の本能寺も、信忠が自害した二条新御所も近いですね。

現在の場所には、羽柴秀吉の命(天正の地割)で移転してきたそうです。

 

古田織部が建てた興聖寺織部寺)

妙覺寺から西に向かい堀川通を渡ると 西陣興聖寺 があります。

この興聖寺は、慶長八年(1603)に 古田織部 により建てられた臨済宗のお寺さんです。

普段は非公開なので、秋の特別公開(11/15~12/14)に行ってきました。

この山門から本堂の間のもみじを見たかったのです。

ちょっと早かったかな。

また、方丈の「 青波(せいは)」という 襖絵 がとても印象的。

海中写真家の杏橋幹彦氏の作品で、海の中に潜り「波の裏側」を撮るのだそうです。

あるTV番組で住職さんが、左手前の写真は、お釈迦さんが手を差し伸べられているようにも見えると言われていました。

そう聞くと、そう見えてくるから不思議。

 

帰路に

№⑦の ウッドミルブルワリー・京都 で美味しいクラフトビールを飲んで帰ろうと思い、勘に頼って青矢印のところから南に下りました。

それがこの道。(あとで調べたら 小川通

だ~れも歩いていない。 秋の京都でこんなことある?

なんか私なんかが入ったらあかんようなお店とか、中が見えないお屋敷とか。

そうこうしていると石柱の立っているお屋敷が。

千利休居士遺蹟 不審庵 」 ・・・ えぇーっ!

そう、ここは表千家裏千家の茶室などが並ぶお茶の世界だわ~。

因みに、№④が 裏千家今日庵、№⑤が 表千家不審菴

茶道などには縁のない私は感心するばかりで通りを抜けると、知っているところへ出ました。

それが№⑥の「 百々橋 」(どどばし) です。応仁の乱の激戦地ですね。

ついでに、№⑧が細川勝元東陣 の跡です。

 

げっ! ウッドミルブルワリー・京都 は定休日(泣) ざんねーん!

でも、お昼ご飯はいつもの「天ざる」&「生ビール」でしたけど(笑)

京都駅前 では、海外からの観光客の皆さんにどこから来られたのかシールを貼ってもらうコーナーがありました。ほんとに世界中からですね。

Wishing you a wonderful day in Japan!

 

今回も、小春日和のもと静かな京都歩きを楽しむことができました。

それでは、定番のお土産「 生八つ橋 」を買って帰りましょう。

丹波・但馬に紅葉を見に行ってきました

11/16(日)、丹波市青垣町 の「 高源寺 」に紅葉を見に行ってきました。

22年の11/12はとても綺麗だったけど、24年の12/1はもう終わってしまっていたので、今年は中旬に狙いを定めていました。去年の再チェレンジです。

 

まずは 高源寺

上の写真が 惣門 で、下の写真は惣門と 山門 の間の紅葉です。

まあまあ綺麗な時に当たったかな!

仏殿、方丈、鐘楼あたりを見て回り、多宝塔 へ。

多宝塔から下った辺りで振り返ると、下の写真のような感じです。

この谷川筋も綺麗ですね。

 

黒川温泉に入って、お昼ご飯を食べよう

青垣から生野へ抜ける道は 国道429号線 なんですが、矢印の青垣・黒川間は車1台分の道幅しかなくて対向車が来ないことを祈りながら走る「 酷道 」です。(笑)

兵庫の秘湯と呼ばれる「 黒川温泉 ②」は、アルカリ性単純泉で肌がしっとりすべすべになる泉質なので、「美人の湯」として親しまれています。

温泉に癒された後は、「 鹿カツ定食

ビールが欲しい!

 

帰路は生野渓谷の紅葉を見ながら

黒川温泉② から 銀山湖③ までの間は、ほんとうに紅葉が美しいんです!

この銀山湖は、生野銀山④の上流に建設された生野ダムの貯水池。

この日はとっても暖かくて、紅葉も綺麗で、温泉にも入ったし、癒されましたね。

帰路、来週はどこに行こうかなと考えながら運転していました(笑)

京都? 神戸? いや岡山か? ・・・ 晴れて欲しい~!

六甲山、紅葉が始まっています

11/8(土)、秋晴れの 六甲山 紅葉 を見に行ってきました。

但馬高原植物園や音水渓谷・原不動滝も考えたのですが、クマがね・・

県外の方向けに六甲山の紹介を

行ったのは、① 六甲高山植物と ② 神戸市立森林植物園 です。

③が 六甲山最高峰 931m。

景色を眺めるなら、④ 六甲ガーデンテラス がお勧め。

⑤の ビーナスブリッジ は夜景を身近に見られるカップル向けの場所。

他に、⑥が 有馬温泉 、⑦が JR三ノ宮駅 、⑧が新幹線の 新神戸駅 です。

六甲山上へは、上向き矢印の表六甲、下向き矢印の裏六甲のドライブウェイがありますが、右向き矢印の小部峠(おべ)から上がるルートもあります。

 

まず、六甲高山植物園へ

今回は久し振りの訪問ですが、若い頃は信州に行けない夏が続くと、ココまでコマクサなどの高山植物を見に来てました。

上の写真は ドウダンツツジ かな? 全く自信がないです(笑)

紅葉はまだピークではないですが、紅葉も高山植物もゆっくり楽しむことができました。

ここは標高800mを超えていますので、少しひんやりと感じましたね。

下の写真は ウメバチソウ

リンドウ とか 原種シクラメン 、 ハエトリソウ などはまだ咲いていましたね。

 

昼からは、神戸市立森林植物園でゆっくりと

こちらには「 森のカフェ ル・ピック 」という食事処があります。

「ル・ピック」とはフランス語で「キツツキ」のことなんだそうです。

デミグラスハンバーグプレート を食べながら、ひと休憩。

西六甲に下った 神戸森林植物園 の標高は400~450mぐらいだそうで、午後の暖かい時間帯にもなってたのでジャケットを脱いで散策しました。

上下の写真は園内の 長谷池 というところです。

この辺りの紅葉がいちばんきれかったですね。

下の写真は、帰りがけに撮った駐車場近くの メタセコイア並木

徳川道 について 〕

園内を歩いていて目に留まった小さな案内標識「 徳川道

うっすら記憶にある「 徳川道 」ですが、まさかこんなところで目にするなんて。

だ~れも入っていかない道でしたが、「 徳川道 」と言われれば足が向く(笑)

徳川道 」は、幕末の慶応年間に神戸開港に伴う混乱を避けるために、徳川幕府が整備した西国街道の迂回路です。

正式名称は「 西国往還付替道 」(さいごくおうかんつけかえみち)で、明石市の大蔵谷から神戸市東灘区の石屋川までの間を迂回しているとのこと。

現在は、近畿自然歩道の一部として整備されていて、この森林植物園の中を通っているんだそうです。

紅葉する木がないのでほんとに誰も歩いていなかったけど、こういう静かな山道歩きは好きです。

歳をとってきて水平な山道を好んで選ぶようになりましたけど(笑)

 

関西では、あと3、4週ぐらいは紅葉を楽しむことができます。

週末の天気を祈るばかりです。

龍野城、攻めてきました

龍野城 (たつの)は「2つ」あります。

最初の城は、赤松氏庶流の龍野赤松氏が鶏籠山の山頂に築いた山城。

あとの城は、江戸時代になってから脇坂氏が山麓に築いた御殿式の城。

赤松氏の山城を 龍野古城 、脇坂氏の御殿をたんに 龍野城 と呼ぶことが多いようです。

 

龍野赤松氏の龍野古城について

標高211mの 鶏籠山(けいろうざん)に 赤松村秀 が築いたのが始まりで、村秀・政秀・広貞・広英と4代続いて、豊臣秀吉に開城しています。

その後、蜂須賀正勝福島正則などが在城するなかで改修したものが現在の遺構と考えられているらしいです。

登らなかったので、資料だけ載せておきます。

これを見て登りたい調べたいと思った山城好きな方、多いと思います!

 

脇坂氏の龍野城について

脇坂氏 は、信州飯田より脇坂安政が入部して、以後明治まで10代にわたり龍野城主を務めます。

脇坂安政は、賤ヶ岳の七本槍脇坂安治 から数えて3代目ですが養子だそうです。

現在の龍野城は昭和50年代の再建です。

 

隅櫓 です。後ろの山が鶏籠山で、山頂に龍野古城があります。

御殿 です。

御殿内の 上段の間 です。

御殿内から 埋門 を見ます。

埋門 を外から見ます。

 

龍野歴史文化資料館を見学

城内にある 龍野歴史文化資料館 では、脇坂安治公没後400年記念で「 秀吉と脇坂安治 」展を行っていました。(写真撮影NG)

ロビーに「武将みくじ」というものがあって、それも「無料」の文字が(笑)

引いてみたら第5番「井伊直政」でした~

 

龍野の町をぶらぶら

天保8年建築の 武家屋敷資料館

童謡「 赤とんぼ 」の作詞者・三木露風 が6歳まで暮らした生家

写真はありませんが、龍野は「 うすくち醤油 」の郷でもあります。

 

最後に、山城好きな方へ。おまけ資料「 播磨の城マップ 」(笑)

天気のよい秋日に登りたいんですが。クマ がね・・・こわい